人生のマインドセット
岡本太郎展
東京国立近代美術館で「生誕100年・岡本太郎展」を開催している。会期は5月8日まで、東京メトロ東西線の竹橋駅下車。岡本太郎は、私にとって愛すべき人物であり、一見「バカとナントカは紙一重」のギリギリの境界線に立つように見えるが、岡本太郎の真実は「超凡」である。「生命」と対峙(たいじ)する岡本太郎。
震災
大変な震災が起きてしまった。人間は生きている、そして地球もまた生きているのである。地震とは「地球が生きている」ということの証だ。すべては生命なのだ。変わり、動き続ける生命体の上で、私たち小さな生命もまた、それぞれの営みを続けているのである。さて、全ては「他山の石」である。津波、倒壊し流される家々
至誠
一昨年のことだが、私は神道を再研修するため1年かけて師のもとに通っていた。國學院大學で神職資格を取得して以来、10年ぶりに古事記、日本書紀、延喜式といった日本の古典から祭式行事作法、装束の着付け等を幅広くみっちり学ぶことになったのだが、やはり一番難しいのは「祝詞(のりと)作文」であった。特に、神社で
人材育成の鍵
学力、という面で見た場合、おそらく3つのタイプに分けられると思う。[1]先天的に勉強が出来るタイプ[2]元々得意ではないが、努力で学力をカバーするタイプ[3]なかなかうまくいかない勉強オンチタイプほとんどが[2]のパターンであろう。で、努力というものはただ「頑張りました」「自分なりにやりました」では
日々是淡々と
若いのだから喜んだり悲しんだり、最高の気分になったかと思えば奈落の底に突き落とされたり、そういう感情を揺さぶられるような出来事は人生の中にたくさんあって良いし、それぞれの瞬間をそれなりに楽しみたいものだ。しかし、何よりも強いのは、どういう状況であれ自分のするべき仕事を自分なりにしっかりと見つめ、それ
「これから」のヒントは「これまで」にある
世の中には「好きなことをしなさい」という人もいれば「苦手なことにチャレンジしなさい。好きなことばかりしていては成長しない」という人もいる。結局はどちらの道をたどっても正しいのだが、私は前者を勧めたい。私は小学生の頃から塾の先生にあこがれて、小4の時に「ダストレスチョーク」を1箱文房具屋で取り寄せ
好きなことをやれ
高校生N君との会話より私「いやぁ、何でこうも毎日次から次へと忙しいんだろうねぇ」N君「そうですか」私「学生って目の前の勉強だけに集中できるから本当に幸せなんだよ。大人になると勉強だけに集中したくっても出来ないんだよ。私の場合塾が自営業ってのもあるから、事務的な作業も山積みだしね。つくづく学生がうら
神尾塾の気概
私は昔、中学受験で全校落ちた。くもん、明光義塾、市進学院、地元の個人塾、ふくろう博士の家庭教師、他数々の塾に通い(通わされ)続けたのに、である。今振り返ってみて「当時の私」を「今の私」が指導していれば、合格も含めてまた異なった進路が開けていただろうと思うし、それによってその後の人生が多少なりとも変
勉強に無駄はない
数学なんかやっても大人になって使わないから意味がない、と理屈をこねる生徒がまれにいる。恐ろしいことに教師の中にも、受験以外に勉強の意義を説けない大人がいたりする。学生時代に勉強の意味が見出せないのは仕方がない。しかし、大人になるにつれて人生のあらゆる場面で「あ、これは○○の法則ではないか!」と気づく
粘り強さ
中3は模試の過去問を宿題に出しているが、分からなくても分からないなりに単語を調べたり、粘り強く問題に取り組んでいる生徒は絶対に成績が上がる。それはスポーツも大人になってからの仕事も同じだろう。結果を出す人間と出せない人間の違いは、この粘り強さだと思う。現中3生で、それなりに自分の出来る範囲